「冷やす」ではなく「温度を操る」
ステアは、バースプーンで材料を混ぜて冷やす技法だと思われていますが、実はそれだけではありません。
アルコールはマイナスでも凍りません。
そのため、冷凍庫でキンキンに冷やしたベースを、あえてステアすることで「0度近くまで温める」場合もあるのです。
ステアとは、お酒の温度を精密にコントロールする作業なのです。
徹底的に排除される「雑味」
シェイクとの決定的な違いは、氷を溶かさず、気泡を入れず、氷の破片(フレークス)を浮かばせないことにあります。
見栄えの美しさはもちろん、一口ごとにゆっくりと味が変化していく「時間の経過」を楽しむカクテルには、ステアが欠かせません。
そのために必要なのは、完全なる無音。
氷の音がガチャガチャと鳴っているうちは、プロとしてまだまだ練習不足と言えるでしょう。

指が腫れ上がるまでの数年間
バースプーンを中指と薬指の間に挟み、スプーンの背をミキシンググラスの内側に沿わせ続ける。
初めは前後の動きと教わりますが、実際は時計の1時から7時を往復するように、わずかに横の力を加える繊細な動きです。
皮が破け、中指の横が膨らみ、薬指の上が腫れ上がる……。
その痛みを乗り越えて初めて、スプーンが自分の指の一部になります。
この技術を習得するには3年から5年、そしてできるようになってからも、死ぬまで毎日が練習です。
プロが教える「ステア上達の3ステップ」
私が現役時代に行っていた、ステアの精度を極限まで高める練習法をご紹介します。
- 炭酸水で渦を作る:
炭酸水でステアすると、気泡の動きで渦が中央で整っているか一目で分かります。 - チェリーを躍らせる:
炭酸水に枝なしのチェリーを浮かべてステアします。
上達するとチェリーが中央の渦に乗り続け、まるで生きているように浮遊します。 - 「氷のみ」で無音を目指す:
飲み物が入っていると回しやすい。
あえて氷だけで回し、ミキシンググラスの外壁をなぞる感覚を体に叩き込みます。

結びに
これほどの年月と努力を積み重ねて、ようやくお客様に「マティーニ」をお出しする準備が整います。
バーを訪れた際、もしバーテンダーが静かに、滑らかにスプーンを回していたら。
その背後にある数千時間の修練を、ぜひ一杯の味わいと共に感じてみてください。

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