最高の技術は「手」ではなく「耳」に宿る
バーテンダーに必要なスキルといえば、鮮やかなシェイクや豊富な知識を想像するかもしれません。
しかし、私が10年のキャリアで最も大切だと感じたのは「聴く力」です。
それは単にお客様の話に耳を傾ける「聞き上手」という意味だけではありません。
プロのバーテンダーは、カウンターに響く「微かな音」ですべてを判断しているのです。
氷の音で「おかわりのタイミング」を知る
修業時代、先輩から厳しく指導されたのは「お客様のグラスを見ずに、中身の量を当てろ」ということでした。
一対一なら目視で十分ですが、一人のバーテンダーが数十名のお客様を相手にする現場では、一人ひとりのグラスをじっと見つめるわけにはいきません。

私たちは、お客様がグラスを置く瞬間の「氷の音」や、テーブルに触れる「音の響き」を聞いています。
「カラン」と鳴る氷の高さ、重さ。
それだけで残りの分量がわかります。
目の前のお客様と会話を楽しみながら、視線を外さずに、別のお客様の空いたグラスへサッとおかわりを伺う。
この「音による察知」こそが、バーにおけるスマートな接客の正体です。
「こぽこぽ」という音に込める精度
音の魔法は、お酒を作るときにも現れます。
ボトルからお酒を注ぐとき、注ぎ口から聞こえる「こぽこぽ」というリズム。
訓練を積むと、手の指にかかる比重とその音の間隔だけで正確な分量を注ぎ切ることができるようになります。
会話を止めることなく、手元に全神経を集中させずとも、最高の一杯を作り上げる。
それはマルチタスクが要求されるカウンターの中での必須技術なのです。
AIには作れない「余白」を楽しむ場所
最近、AIの進化により「バーテンダーの仕事がなくなる」という予測を耳にすることがあります。
システムエンジニアとしても活動している私から見れば、確かにお酒を正確に調合するだけなら機械の方が効率的かもしれません。
しかし、それは「頼みたいものが完全に決まっていて、液体にのみお金を払う」場合の話です。
バーの価値は、お酒そのもの以上に「自分の状況を察してくれる空気感」や「予想外の会話」という、AIには数値化できない「余白」にあると信じています。

音で空気を読み、心で応える。
そんなアナログで不器用な、でも温かい場所を楽しみに、ぜひバーへ足を運んでみてください。

コメントを残す